社会福祉HERO’S

社会福祉の事務室は、小学校の時の保健室みたい!?
障がい者支援の事務スタッフ日記⑤
合言葉の「モモガクエン」?いったいどういう意味?

社会福祉な「まいにち」

執筆者 エミリー 2022.04.20

知的障害と精神障害、片方の目に視覚障害があって、聴覚障害のある50代の女性Iさんは救護施設に入所して6か月ほどになります。

知的障害があると、情報があってもそれを理解することが難しかったり、自分の気持ちや考えをまとめて相手に伝えたりすることが難しいために、ほかの人と仲良くなるまで時間がかかります。

精神障害があると不安感が募り、そのために精神的に不安定になり、ほかの人から理解されないだけでなく、距離を置かれてしまうことがあります。

また、視覚障害があると新しい環境では周囲の様子がわからず、その環境に馴染むまでかなり時間がかります。

さらには聴覚障害があると、音声情報のみではさまざまな情報を得ることができないために困ってしまうことがたくさんあります。

このような障害があるIさんにとって新しい環境はなじむことは難しく、入所してしばらくの間はとても孤独だったに違いありません。

今回はIさんが救護施設に入所して間もない頃のエピソードです。

〇月〇日

ある日、私はIさんと事務室前の廊下ですれ違いざまに謎の言葉を投げかけられました。

モモガクエン…

とだけひと言、私に言って立ち去っていきました。

それから数日経った日も、Iさんは再び独り事務室前の廊下に静かに立っていました。そんなIさんを見かける日が何度か続いたので、私からIさんに話しかけてみたこともありました。でも、何のお返事もいただけませんでした。

ある日、廊下にいるIさんが、ガラス越しに私と視線を合わせようとしていることに気がつきました。私から話しかけようと思い、廊下に出てIさんに近寄ると、Iさんは目をそらして歩き出してしまいます…。そんな日が2、3日続きました。

その頃から私は、最初に廊下で話しかけられた時にIさんが言っていた「モモガクエン」って、いったいどういう意味だったのか、気になりはじめていました。

そもそもカタカナで「モモガクエン?」 それとも「もも学園?」もしかすると漢字で「桃学園?」桃の甘い香りが漂う学校?ふんわりして、何だかしあわせな気分になりそうな・・・春の陽気で花ばなが咲いて、花を見ているうちにみんなが心もからだも温かくなれる・・・もしかして、桃源郷? 理想郷?!

モモガクエン、すごいかも?

 

〇月〇日

いつものように書類を持って事務所を出ると突然 Iさんが、

「この間は話しかけてくれてありがとう!今度、一緒にモモガクエンに行こうな!」と、私に声をかけてくれました。

私はとても驚きました!モモガクエンはリアルな世界!?行けるところかも?とりあえずIさんがモモガクエンヘ行きたいのは確実。でも、モモガクエンってどこにある?

そんなことよりも、今こそIさんと仲良くなれるチャンス!

目の前のIさんは弾むような声!口角が上がりとってもステキな笑顔です!私なりに必死に会話をつなげます。

「こちらこそ、ありがとう。Iさん、モモガクエンに行きたいんですね!」と、私が言うと

「うん!モモガクエンに行きたいねん(⋈◍>◡<◍)✧♡」と、とても嬉しそうに答えてくれました。

それ以来、私は廊下でIさんを見かけるたびに、少しお話しできるようになりました。

ただ、Iさんがよく私に話しかけてくれる「モモガクエンに行けるかな?」「モモガクエンに行こうな!一緒に行こうな!」には、少し困りました。

たずねてみても、モモガクエンどんなところなのか、どこにあるのかIさんからお返事がないのです。私はIさんのこと、モモガクエンのことを知りたくなり担当支援員さんにたずねてみました。

まずは、かかわり方です。Iさんは難聴のため、支援員さんたちはIさんの耳元で大きめの声で話しかけているのだそうです。そうすると、こちらを向いてくれるのだそうです。

それから、Iさんは、実は、喜怒哀楽の感情表現が豊かな方で、自分の気持ちを素直に伝えられる方なんだそうです。

いたずらして職員の髪を引っぱって、“ニヤッ”とイタズラ顔をしながらケラケラ笑ったり。ショッピング外出やほかの職員から手書きのイラストをもらったときなど、嬉しいときはニコニコ。逆に、ほかの利用者さまからキツく言われたときは、悲しくて大泣き💧。でも、ほかの利用者さまから一方的に感情をぶつけられたときは、とても怒ってきつい口調に😡

Iさんの意外な一面に、ちょっと驚きでした。

さて、本題の「モモガクエン」です。

これは、いくつかの施設の名前が合わさっていることがわかりました!

Iさんが青垣園に来る前に暮らしていた施設と同じ法人の複数の施設のことでした。その法人内のいくつかの施設で年に何度か交流会があり、Iさんはその交流会がとても楽しかったようです。再会のときはお互いにギュッとハグしたり、顔を寄せて話したり笑ったり。だから、相手の顔がよく見えるし、相手の声がよく聞こえるし、相手の気持ちもよくわかる。

交流会でIさんは、相手の存在をとても近くに感じていたのです。相手のことや一緒に参加するイベントのことがわかるから寂しくないどころか、過ごしやすくて、とてもとても楽しかったのでしょう。

ところで最近、Iさんは

「モモガクエンへ行きたい!」って、言わなくなりました。

なぜかというと、Iさんが青垣園に入所してから数カ月は手探りのような支援をして、その反応からIさんの支援方法について職員間で共有していたのだそうです。その甲斐あって、Iさんが暮らしやすい環境になってきたのでしょう。

Iさんは、職員が帰るときに見送りながら、

「また明日ね。気をつけて帰りや!」

と、歩み寄って私たちの顔を見て声をかけてくれるんです。

いまでは、担当職員以外からもキャラクターがよく理解されて、みんなから愛されているIさん。私たちと一緒にいろんな経験をして、Iさんに青垣園での暮らしをたっぷり楽しんでもらいたいと思います。

こちらのスヌーピーの絵は、職員がIさんのために書いた数枚のうちの1枚で、普段は部屋の宝物入れに保管しているのだそうです。

「この絵ほかにもあるねん!ほかの絵はな、部屋のいい所にあるねん!」

Iさんが嬉しそうに見せてくれました。

いろんな障害があっても喜怒哀楽があって、心の反応に違いはありません。

また、私たち支援する側にも、心を表現することに何らかの障害があるのではないでしょうか。

私は、相手である障害がある人のそばで周囲の状況やご本人の様子から何を感じているのか、どんな思いをしているのか想像して、やさしく声をかけ、かかわれる人になりたいです。

世の中のみんながしあわせに暮らせますように。

めざすは“モモガクエン”

Iさんが何年間も続けている文字の練習。練習帳が終わりに近づくと、担当支援員が買いに行っています。コロナが落ち着いたら、Iさんは自分で練習帳を選びたいそうです。

エミリー
奈良県社会福祉法人青垣園

人材養成・管理栄養士・産業カウンセラー。社会福祉との出会いはデンマークでの授業。病院勤務を経て留学、一旦家庭に入り子育中に心理学を学ぶ。医療業界に復帰したが、縁あって2012年より現在の職場に管理栄養士として勤務し、2014年現職に異動となる。これまでの経験から、障がいがあるために身体や言葉などで表現できなくても、一人ひとりの心は動き思いがあると信じています。記事の中では、施設ご利用者が成長していく様子や人間性が磨かれ成長していく職員の様子を書きたいと思います。私が勤務している社会福祉法人はこちらです。https://www.aogakien.jp/

人材養成・管理栄養士・産業カウンセラー。社会福祉との出会いはデンマークでの授業。病院勤務を経て留学、一旦家庭に入り子育中に心理学を学ぶ。医療業界に復帰したが、縁あって2012年より現在の職場に管理栄養士として勤務し、2014年現職に異動となる。これまでの経験から、障がいがあるために身体や言葉などで表現できなくても、一人ひとりの心は動き思いがあると信じています。記事の中では、施設ご利用者が成長していく様子や人間性が磨かれ成長していく職員の様子を書きたいと思います。私が勤務している社会福祉法人はこちらです。https://www.aogakien.jp/

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